ラグビーセミナーコラム4 ラグビー選手は何のために闘うのか

この投稿は、2019年10月4日に和佐木坂サロン内で公開された木坂さんの投稿です。

こんにちは、木坂です。今回は短めに、ラグビーらしさの片鱗をわかりやすくまとめてくれている動画をご紹介します。

※紹介されていた動画は残念ながら見られない状態になっていました。

セミナーでも言いましたが、ラグビーはレスリングをしながら全力疾走を繰り返すようなスポーツで、漢字で書けば闘球です。

実際、トップチームでは必ずと言っていいほど格闘技の専門家をコーチに招聘します。

ですから当然、ラグビーは文字通り「闘う」ということが前提の球技なのですが、ラグビーを行う上で、あるいは観戦する上で大事なのは

「なんのために選手は闘うのか」

という部分です。

決して、相手を倒すためではないし、ましてや相手を怪我させるためでもない。

自分の強さを誇示するためでもないし、もっと言えば「今までしてきたトレーニングの成果を披露するため」でもない。

「勝てばよい」というシンプルな原理で動いていない辺りが、ラグビーの「面倒くさい部分」でもあります。


もちろん、表面的にはそういう分かりやすい部分はあるのです。

そして、トップ選手以外は、そういう低レベルな意識でラグビーをやっている人も大勢います。ロクでもない奴は本当にロクでもない。

それは、どのスポーツでも同じことで、仮に同じプロ選手であっても意識の差というのは月とスッポンほどもあることが普通です。


でも、真にトップに上り詰める選手やチームというのは、そういう意識でプレーしていません。というか、そういう意識でプレーしているチームが勝たないように、しょっちゅうルール変更があるのです。


ラグビーは激しいスポーツですから、時に危険が伴うプレーもあります。相手が怪我をしたり、気絶したりすることも少なくない。しかしその時に、相手に勝ったからといって喜ぶような選手はトップレベルにはいません。普通に心配します。


時にカッとすることもあり、時に乱闘に発展することもある。

しかしそれを引きずることはないし、他の様々な球技で見られる「報復」のようなプレーは皆無です。なぜなら、誰も悪意を持って、こちらを傷つけようとしてそのようなことをしているわけではない、という人間理性や良心に対する「信頼」のようなものがあるからです。


そして何より、同じラグビーをやっている人間、ラグビーが掲げる理念を体現するために毎日の厳しいトレーニングに耐えてきている人間に対する「尊敬」の念が、必ずあるからです。


その意味で、基本的にラグビーは性善説です。

だから、こんな危険なことが成立している、とも言えます。

ワールドカップが特別なのは、世界中から真のトップ選手だけが集うからです。そこでは、自分の肉体と精神を極限まで鍛えぬいてきた男たち、そして、もっともラグビーの精神性を体現している男たちを観ることができます。

是非、皆さん思い思いに楽しんでいただければと思います。

木坂