ラグビーセミナーコラム12 ラグビーが選手たちに求めるものが凝縮した日本代表対南アフリカのラスト

この投稿は、2019年10月21日に和佐木坂サロン内で公開された木坂さんの投稿です。

こんばんは、木坂です。

昨日の試合は、もちろん残念でしたが、現地で観戦していて、なんて言うのかな、ある種の清々しさを感じる試合でした。

喋り切れないほど喋りたいことはあるけれど、僕が強く印象に残ったのは、交代していく南アフリカの選手です。

僕は正直、試合60分過ぎたあたりから、南アフリカの選手の脚は止まり始めるのではないかと、淡い期待をしていましたし、日本代表ももちろん前半で相手を疲れさせて、後半勝負、と考えていたと思うのです。だからこその、前半のあのロースコア。

前半だけ見れば、どちらが明らかに上回っている、という感じはなかった。予定通りの、後半勝負、の展開だったと思います。

でも、後半、いくら時間が経てども南アの脚は、全く止まらないどころか、逆に勢いを増していくようにすら見える。

「おかしいな・・・」って、僕だけじゃなくて、ピッチ上の日本代表の選手たちの脳裏もよぎったと思います。

南アって、そういうチームじゃなかったんですよ、ずっと。世界一のフィジカルがあって、才能だけなら世界一って僕が中学生の時にはすでに言われてて、でもトレーニングが中途半端で、というチームで。

でも、昨日の試合は

「どれだけ鍛えてきたん・・・」

って思うくらい、あの巨人たちの脚が恐ろしいまでに動いていた。

でも、なんですよ。

ピッチ上であれだけ激しく動き回って、無尽蔵のスタミナを感じさせていた選手が、交代するとき、死にそうなんです。

呼吸困難なのかな、と思うくらい苦しそうに全身で息をして、倒れこむようにベンチに座る。

しばらく顔が挙げられないくらい、疲れている。疲れすぎて、すぐに水分補給もできないでいる。

彼らは、決して疲れていないわけではなかったんです。疲れていても、肉体の限界を超えていても、あれだけ動いていた。

交代の合図が出るまで、動き続けて、いや、自らの身体を強い意志とディシプリンで動かし続けていた。そういう鍛え方をして、このワールドカップに臨んでいたのです。

とあるラグビージャーナリストの人が、ワールドカップ前に今年の南アをこう表現していました。

「恐ろしく大きな人たちが、恐ろしく勤勉である。」

まさに、と思った試合でした。

今回の試合を前に、試合登録メンバーを日本代表より1日早く発表した南アですが、メンバーを見れば大体の戦略はわかりますから、通常はギリギリまで発表はしないものです。

また、なるべく時間をかけてメンバーを選びたい、ということもあります。

そのことを会見で聞かれ、南アのヘッドコーチはこう答えました。

「もはや隠すものは何もない。できる分析、準備は全てやった。全てだ。」

その通りの試合になりました。日本のムーブは全て対策され、キープレーヤーは徹底マークされ、日本がアイルランド相手にやったこと、ニュージーランドがアイルランド相手にやったこと、つまり、相手選手の脳裏に

「あれ、もしかして通用しないのかな?」

って一瞬でも思わせること、そしてその瞬間を80分間積み重ねること、それを南アは徹底してやれていたと思います。

お家芸とも言えるディフェンスラインのプレッシャー、ブレイクダウンの圧力はオールブラックス以上のところまできていると言っていいでしょう。

懐の深さ、地力の差、それがはっきり出た試合でした。日本は素晴らしい“チーム”ですが、南アはもっと素晴らしかった。それが点差に現れた、とても素直な試合でした。

日本がやりたいことをできなかったのではなく、やりたいこと、準備してきたことを全てやって、南アがやってくることも全て理解して、分析して、対策して、それで完敗した。そういう清々しさが、この試合にはありました。

「後半10分、他者との競争は負けた、としたときに、ラガーマンはなぜ戦うのか?」

という質問がコメントにあります。こういう質問が出てくることが、本当に嬉しいというか、有難いというか、ふぇいすぶっくなる未知の世界に勇気を出して踏み込んでよかったなと思うのですが、そもそもラガーマンは何のために戦っているのか、ということなのです。

相手に勝つかどうかは結果論で、表面的にはそれを目標にはしているんだけど、本当に勝つチームというのはもっと「大きなもの」のために戦っています。

仲間の想い、家族の想い、国民の想い、国の歴史、ラグビーの理念、人間の尊厳、神様への感謝・・・。

そういった「何それ」的なレベルのものまで、背負って戦っています。日本代表は、大体国の歴史や、ラグビーの理念の半分くらいまで背負っている感じで、より強い国はより大きなものを背負っています。

ニュージーランドが神がかっているのは、神様と一体となって戦うからです。これは比喩ではないのです。

彼らは本当に神が共にあると信じて、感じて、戦っている。試合前のハカはその象徴です。


そして、それが「ラガーマン」なのです。

負けが決まって、やる気をなくすチームもあります。それは、広い意味で言えばラガーマンではない。疲れて脚が動かなくなるのも、痛くてプレーが散漫になるのも、ミスが起こって誰かのせいにしたりイライラしたりするのも、試合に負けて飲み屋で暴れるのも、全てラガーマンではない。

昨日の日本代表対南アフリカ、ラスト10分の戦いをぜひ見てもらいたいと思います。リーチはキャプテンとして獅子奮迅の戦いを見せ、激しいタックルをし続けました。

リーチに続くように、全ての選手が全力で、勝てる見込みが0%の中最後の一秒まで戦い続けていた。

一方で勝ちが決まっている南アフリカも、次の試合のためにエネルギー温存、などということを考えることなく、これまた100%をぶつけてきてくれている。

試合終了の銅鑼が鳴ってもまだ、アタックし続けてくれている。同じフィールドに立っている日本代表を心からリスペクトしているからこその戦う姿勢。

両者のその姿こそが、ラグビーが選手に求めているものなのです。

僕は、ラグビーの試合で、その人の人間性が剥き出しになる場面が3つあると思っています。

1.後半60分を過ぎてから
2.負けが濃厚になってから
3.自陣ゴールライン上のディフェンス

1は単純に蓄積されたダメージと疲労が体力の限界を超え、気力の勝負になってくるタイミングだからです。2は今お話しした通り。

僕が一番好きなのは3です。自陣ゴールライン上で、あと50センチでトライを取られてしまう、という時、気力も体力もギリギリの中、目の前に自分より何十キロも大きな人が、こちらを殺さんばかりの迫力で突進してくるその時、その人は何をするのか。どういう表情で、どこにポジションして、どういうプレーをするのか。それを見ていれば、その人が本当はどういう人なのかが、なんとなくわかります。

本来の「スポーツ」の見方とは違うでしょうし、エンタメとしてのスポーツの魅力とは違うのかもしれませんが、僕はそういうところがラグビーが非常にユニークだなと思う部分でもあるし、他では代えがたい魅力がある部分だなと思っています。

最後になりましたけど、昨日のフランス対ウェールズも本当に素晴らしい試合だった。後半入ってすぐに14人になってしまったフランスの戦う姿勢。僕はフランスというチームは元々あまり好きではないのですけれど、昨日の姿勢は本当に素晴らしかった。是非、お時間に余裕のある方は観てみてください。

いやあ、日本代表の試合はもう見れないですけど、来週はイングランド対ニュージーランドという大一番があります。4年前、世界を驚かせた日本代表を率いたエディジョーンズがイングランド代表を率いて日本に帰ってきました。

僕は、オールブラックスに対抗できるのは南アだけだろうと今年に入ってからは言っているのですけど、イングランドの完成度も素晴らしいものがあり、もしかしたらもしかするかな、と思うくらいには強いです。

引き続き、ワールドカップをお楽しみいただければと思います。

木坂