ラグビーセミナーコラム13 ラグビーのひとつの時代が終わった

この投稿は、2019年10月28日に和佐木坂サロン内で公開された木坂さんの投稿です。

こんばんは、木坂です。


準決勝。結果だけ見れば、オールブラックスがエディジョーンズ率いるイングランドに敗れたことは世界を驚かせました。

オールブラックスというのは、ワールドカップで最後に負けたのが2007年です。実に12年前。前回、前々回は予選も含めて一度も負けていません。

前人未踏の三連覇がかかり、あまりにマニアックになってしまうので詳しくは説明しないですが、今年のオールブラックスというのは本当に異次元のシステムを完成させていて、ちょっとどこの国が対応できるんだろうというレベルになっていたので、イングランドに敗れたことは衝撃を伴って世界に受け止められたと思います。

それは、別にイングランドでは役不足だと思われていた、ということを意味しているのではなくて、もう世界中にオールブラックスについていける国はないのではないかと思われていた、という意味です。実際、僕は現地観戦していましたが、60分過ぎてもまだ、

「いつオールブラックスが逆転するんだろう」

という空気が支配的でした。

多分ですが、テレビの実況や解説の皆さんを含め、ラグビーをよく知る人は皆同じ感覚だったと思います。


「まあ、これがいつものオールブラックスだから。」

「イングランドのこの勢いが80分続くことはあり得ない。」

しかし、いつまでも“その時”はやってきませんでした。

そして、気が付けば70分を過ぎ、いよいよ算数ができれば逆転はほぼ不可能である時間帯だと分かってしまう時間になってしまっていた。


僕は、75分を過ぎても、まだオールブラックスの負けを信じられませんでした。別にオールブラックスファンではないのですよ、僕は。そうではないのだけれど、オールブラックスが負けるというのは、そういう「ファンタジー」に近いものなのです。

「あと5分かあ、オールブラックスなら30秒で1トライ取れるから、まだ全然逆転圏内だな」などと非現実的なことを普通に考えてしまう程度には、ラグビー界では絶対的な存在なのです。


79分30秒くらいを回って、ようやく

「ああ、本当に負けるんだ」

って実感がわいてくる。そういう心境でした。

前半、圧倒的規律を誇り、リードされながらも王者の貫禄を見せつけていたオールブラックスが、後半ペナルティを連発する姿は、なんだか寂しいような、感慨深いような、不思議な気持ちになりました。

大げさではなく、ラグビーのひとつの時代が終わったように感じました。

僕は2年前、エディジョーンズのセミナーを受講しています。

そこでは現代ラグビーの考え方、具体的なトレーニングの組み方、今イングランドが取り組んでいることなどを含め、様々な情報が公開されました。日本を代表するラグビー関係者はほとんど受講していたであろうそのセミナー。

僕自身当時も勉強になったつもりでいましたが、準決勝を観た後思うところあってその資料とノートを引っ張り出してみて、鳥肌が立ちました。
エディは、当時オールブラックスを100とすると、イングランドは15か20くらいのレベルだと言っていて、それをあと2年で100以上に持っていくんだ、その道筋は見えているからあとはやらせるだけだ、と語っていたのですが、そこに書かれていたことのほとんどが、この準決勝で現実のものになっていたのです。


そして、2年前の僕はエディの話を本当に深いレベルでは理解できていなかったことがはっきりわかりました。

彼が見ていた世界、選手たちを連れていこうとしていた「理想世界」というのは、単に「イングランドをこうして強くしまっせ」「ワールドカップ優勝しまっせ」という枠に収まり切らないもので、いわば「ラグビーのパラダイムシフト」でした。

パラダイムが違うから、僕に理解できないのは当然なのですが、それが試合という限りなく具体的な形で“体現”されたとき、全てが肌感覚でわかり、ある意味で愕然としたのです。

エディは、ラグビーの定義を変えてしまったのだな、と。

ウェールズ対南アフリカ。こちらも本当に素晴らしい試合でした。

この試合は、僕がよく知っているラグビーを突き詰めて突き詰めて登り詰めて登り詰めてたどり着いた頂。そういうラグビーでした。これをラグビー1.0とするならば、オールブラックスが完成させたシステムは1.5くらいです。エディが今回2年半をかけて完成させたのは、ラグビー2.0とでも言うべき、全く異質なラグビーでした。

「NZというラグビーの神様を相手に、2年半準備をしてきた。」

エディはインタビューで、そう答えました。

あまりに圧倒的な神様を越えるにはどうしたらいいか。世界中の指導者が頭を抱える難問に、エディはこう答えを出したのです。

「ルールを、定義を変えればよい。あっちが王者になるルール、定義で戦うから勝てないのだ。こっちが王者になる定義のゲームにしてしまえばよいだけの話だ。」

2年以上前に、彼の頭の中には「新しいラグビーの定義」がはっきりと存在していて、やるべきは選手たちをその「理想世界」に向けてしっかりと導いていくだけだった。

コミュニティのリーダーとしての仕事というのはそれに尽きるのですから。そして、彼は見事達成した。


理屈は簡単です。難しいのは、具体的にどうやってそれを実現するのか?ということ。机上の空論で終わってしまっては意味がないわけですから。リーダーは理想を「語る」人ではなく「現実にしていく」人でなければならない。


例えば南アフリカのMSPとは何でしょうか。キーワードとしてすぐ思いつくのは「フィジカル」「フォワード」「セットピース」「ディフェンス」「ブレイクダウン」「ストラクチャー」などなどです。一方オールブラックスは「クリエイティビティ」「自由」「ターンオーバー」「カウンターアタック」「組織力」「アンストラクチャー」などなどでしょうか。


では、準決勝におけるイングランドは?

・・・ないのです。

それは、MSPがないのではなく、こういう「古い」パラダイムの言葉でMSPが語れないのです。というか、イングランドのせいで、これらの概念が「古い」ものになってしまった、という方が正しいでしょう。

今回、なぜオールブラックスは負けたのか。

この問いに、今この時点で明快な答えを出せる専門家はいるのかなあ。僕はそうそういないと思うのですが、それはパラダイムが違うチームの分析をしなければならないからです。

これから4年間かけて、新しいラグビーが浸透していくのと並行して、言葉が整理されてくることでしょう。

その時にみんな理解するのです。

ああ、あの試合から、今のラグビーが始まっていたのだな、と。

さっき、ラグビーのひとつの歴史が終わったように感じた、と書きました。

言い換えれば、新しいラグビーの歴史が始まる、ということです。

ラグビーワールドカップ史上初のアジア開催。日本史上初の決勝トーナメント進出。元号が変わり令和元年となった日本でラグビーの新しい時計の針が動き始め、しかしその時計そのものを作ったのはラグビー発祥の地だった。

そういう、何とも不思議な、しかしものすごく意義深い大会になっているのだなと、実感している今日この頃です。

決勝トーナメントは、新旧ラグビー対決となります。


古いラグビーが勝利し新参者の未熟さを世界に向けて宣言するのか、それとも新しいラグビーが勝利しはっきりと新時代の到来を宣言するのか。

これ以上なく興味深い一戦になることと思います。

是非、皆さまも引き続きお楽しみください。

木坂